金(きん・gold)に魅了された私・サイドロゴ




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に心が引かれるのは私だけでも
現代人だけでもありません。
いにしえの昔から、金は貴重な宝物として
扱われてきました。
また、金をめぐる争いや、人生を翻弄される人もあり、
歴史的にも個人的にも強い影響力を与えるのもまた金なのです。


歴史の金

金印(卑弥呼のものではない)




上の画像にもありますが、日本史の初めに出てくる金は

この金印です。

卑弥呼(ひみこ)が魏(ぎ)の皇帝から送られた

「親魏倭王(しんぎわおう)」と刻まれた金印ですね。

ちなみに勘違いされている方が多いのですが、よく目にするこの画像の

金印は、卑弥呼に渡された金印ではありません。

これは、1世紀頃に日本の奴国(なこく)の王が中国の王から

送られた金印です。卑弥呼が受け取った金印はまだ見つかっていません。




奈良時代には、とても大きな金の仏像が作られました。

よく知られている、奈良の大仏(盧舎那仏・るしゃなぶつ)です。

奈良の大仏(盧舎那仏・るしゃなぶつ)

ここで変だと思われる方も多いと思います。

奈良の大仏様は、金色ではないですね。

実は、この奈良の大仏は、二度の合戦に巻き込まれ、

消失 → 再建 → 頭が取れる → 再建

というように、作り直されているものなのです。

752年に初めてつくられた大仏像は、

金色に輝く見事なものでした。


ばちが当たるかもしれませんが、奈良の大仏様には

こんな裏話があります。


この大仏様を建立中に、原因不明の病気が流行し、

多くの方が亡くなりました。

そして、大仏像が完成すると同時にその流行病が

ピタッとおさまり、人々は、大仏様のお陰だと

信心を深くしたそうです。


ところが、真相はこうでした。


最初に作られた大仏像は、今でいう金メッキが施されていたのですが、

このメッキの方法は、金と水銀を混ぜて、それを大仏像に塗り、

水銀だけを蒸発させて金を残す、というものでした。

この時、蒸発した水銀は当然周辺地域に広がりますので、

実は、地域の流行病とは、水銀中毒だったのです。




世界史でみますと、何といっても、マルコポーロの、

東方見聞録ですね。

東方見聞録・マルコポーロ

日本を、黄金の国ジパングと紹介されたのは

あまりにも有名です。

この本は、”見聞録”というものの、マルコポーロは

日本を”見た”わけではなく、中国で聞いたことを書いています。

ですから、「(日本人は)人肉を食べる」とか、「民家が金でできている」

などと、ちょっとずれたことも書かれています。


歴史としては、錬金術も見逃せないものですので、別ページにて

書いてゆきたいと思います。